「その日」 そもそものきっかけ・39日間の物語 第五話

シーサイドギャラリーの全景

↑シーサイドギャラリーの全景

Tシャツ売って20万円つくる

町長に「失敗してもいいから、とにかくやってみろ」といわれたわたしたちは、役割分担を決めました。事業予算は教育委員会の文化振興費から出し、畦地が担当。事業はフェスティバル大方の中で行うこととし、矢野が担当。総合的な窓口と全体調整をわたしが担当し、梅原さんには企画書づくりをお願いしました。

翌日、畦地は早々と予算書をつくってわたしのところにもってきました。そこにはシーサイドギャラリー事業費として165万円が計上されていました。が、同時に協賛金として110万円の収入も計上されています。つまり、165万円の内、110万円は入ってくる見込みがあるというのです。

これはどうやってつくるのか畦地にたずねました。「Tシャツを売ったり、企業の協賛をもらう。企業は1社だけど、あてがある」と畦地はいいます。さっそくその会社に行きました。企画書1枚で「100万円ください」というのですから無茶です。相手からは逆に「企業が協賛するためには・・・」と教えられて帰ってきました。

残る10万円は、じつは梅原さんに「シーサイドギャラリーのロゴマークのデザイン料を払います。つきましてはTシャツアート展を成功させるために、その中から10万円を寄付してもらえませんか」と頼んだのです。こちらはポンとくれました。

このときのデザイン料は30万円でした。が、支払った20万円は町の予算ではなく自分たちでつくったお金でした。わたしたちは、シーサイドギャラリーのロゴマークをプリントしたTシャツを1000枚つくり、これを1枚2000円で売ったのです。20万円はその売上でした。

そんなことを繰り返している内に、わたしや畦地は、だんだんと「放し飼いの公務員」と呼ばれるようになり、やがて役場の中に1人2人と同じような者が増えていきました。こうして放し飼いの公務員たちは、この行政らしくない企画にのめり込んでいきます。

砂美人連のメンバー(当時、保健福祉センター内にあった事務所にて)

↑砂美人連のメンバー(当時、保健福祉センター内にあった事務所にて)

でも、Tシャツアート展を成功させるには、これを外部に広げること、そしてやるに当たっては梅原さんのいう「しっかりした考え方」をつくることが求められていました。

そこで、社会教育係(*1)で町のすべての団体の窓口役を務める畦地に中心となってもらい、青年団や商工会青年部、農業青年の集まりである4Hクラブなどの主だったメンバーに声をかけていきました。かけられた中には、ろくな説明もされずに「おもしろいことをするけん(*2)、仲間に入らんか」といわれた人もいます。

こうしてできたのが「さざなみ会」というTシャツアート展の実行グループです。当時の新聞には次のように紹介されました。

「さざなみ会」は入野海岸に着目した町おこしをと7月初めに結成した。メンバーは現在9人。20代、30代の会社員、公務員、農業青年ら、いずれも地元の社会人だ。これまで若者の活動の場といえば、青年団や商工会などが中心だったが、「一度枠をはずして、素直に感じていることを話し合ってみよう」と集まった。(・・・)
「この町でしかできないこと」を求めて活動の場を入野海岸と決めた。「さざなみ会」の名は、将来は「町を担う大波になろう」との意味を込めた。
(1989年8月16日 朝日新聞)

それにしても、取材のときに誰かが肩に力の入ったコメントをしたのか、それとも記者の紹介が大袈裟なのか、いま読むと赤面してしまいます。このさざなみ会という名前も、4か月後の11月には現在の砂美人連(さみっとれん)に改名しました。理由は「ジジくさいから」でした。

【『砂浜美術館ノート』(1997年発行・非売品)より】

第六話「(払ってないが)1000万円の企画書」
第四話「クジラも松原もみんな作品」

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≪語り手≫
松本 敏郎(まつもと としろう)

砂浜美術館informal学芸員(*3)で、砂浜美術館立ち上げメンバーの一人。
現在は、南海トラフ巨大地震の被害想定において、日本一高い津波高34.4メートルを突きつけられた高知県黒潮町の情報防災課長として、「犠牲者ゼロ」を目標に、「南海地震とうまく付き合い、千年に耐えられるまちづくり」に取り組む。

●註

*1 社会教育係 社会教育とは学校教育以外のすべてのこと。ちなみに畦地氏の前任者は松本氏である。
*2 おもしろいことを
するけん
そういわれて加わったのは、当時、商工会青年部長だった河野裕(砂美人連会長)である。
*3 informal学芸員 以前、名刺に「砂浜美術館学芸員」と入れたところ、「学芸員は国家資格」と指摘され、以来informarl付き。

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